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釧路地方裁判所帯広支部 昭和35年(わ)111号 判決 1960年11月14日

被告人 野々村守一

昭七・二・八生 日雇

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。

本件公訴事実中、被告人が昭和三十五年七月十三日頃、帯広市川西町十勝鉄道線路傍において、行使の目的をもつて、八鍬寛義から窃取した北海道釧路方面公安委員会印の押捺してある同委員会作成名義の運転免許証に貼付してある八鍬寛義の写真の表面上部を剥ぎ取り、もつて公文書たる右免許証の変造を遂げたとある点につき、公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、八鍬寛義と共謀のうえ、昭和三十五年六月六日正午頃、北海道白糠郡白糠町和天別道路において、故障のため停車していた白間鶴吉所有の小型自動四輪車の運転室から、同人所有のラジオ一台外一点(価格合計金二万七千五百円位相当)を窃取し

第二、同月九日午後三時三十分頃、帯広市西三条南二十一丁目佐々木昭方茶の間において八鍬寛義所有のジヤンバー一着(価格金二千円位相当)及び在中の運転免許証一通を窃取し

第三、法令に定められた運転資格を持たないで、同年七月二十六日午後四時三十分頃、同市川西町字川西基線六十番地附近路上において、小型自動四輪車を運転して無謀な操縦をし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人の累犯前科)

被告人は昭和三十一年六月五日、釧路地方裁判所帯広支部において、詐欺罪により懲役十月に処せられ(同月二十日確定)、本件各犯行前に右刑の執行を受け終つたものであつて、右の事実は検察事務官作成の前科調書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法第二百三十五条、第六十条に、第二の所為は同法第二百三十五条に、第三の所為は、道路交通取締法第二十八条第一号、第七条第一項、第二項第二号、第九条第一項、罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、第三の道路交通取締法違反の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前示前科があるので、刑法第五十六条第一項、第五十七条により各罪につき再犯加重をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条により、最も重いと認める第一の窃盗の罪の刑に、同法第十四条の制限内で法定の加重をなし、その刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法第二十一条により、未決勾留日数中六十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により全部被告人には負担させないこととする。

(公訴事実第三の公文書変造、同行使の訴因に対する判断)

公訴事実第三のうち、主文第三項掲記の公文書変造の訴因についてみるに、被告人の当公廷における供述および検察官に対する昭和三十五年八月三日附供述調書、八鍬寛義の司法巡査佐々木一雄に対する同年六月十日附供述調書ならびに押収にかかる自動車運転免許証(昭和三五年押第四四号の一)を綜合すれば、被告人が、前掲記の日時、場所において、八鍬寛義から窃取した北海道釧路方面公安委員会発行の同委員会の署名及び印章のある八鍬寛義名義の自動車運転免許証に貼付してある同人の写真の眼の部分を剥ぎとり、右写真が何人を撮影したものであるかを不明瞭ならしめた事実を認めることができる。検察官は右のように眼部を剥ぎとることによつて何人を撮影した写真であるかを不明瞭ならしめたことをもつて公文書の変造にあたる旨主張するのであるが、文書の変造とは、権限なく真正に成立した文書に変更を加えてその効用を本質的に変更しない限度で別個に新たな効用を生ぜしめることをいうものであり、若し文書に或種の変更を加えた結果、新たな効用を生ぜしめず、単に本来の効用を毀損したにとどまる場合は、これをもつて文書の変造と解することはできないのである。而して自動車の運転免許は、自動車運転者試験合格者に対し、公安委員会が運転免許証を交付することによつて行われ(道路交通取締法第九条第二項、同法施行令第四十九条)、自動車の運転者は、運転中、運転免許証を携帯していなければならないのであつて(同法第九条第二項)、運転免許証の本来の効用は、特定の自動車運転者試験合格者が、公安委員会から運転免許を与えられていることを証明することにあるのであるが、法令(道路交通取締法施行規則第六条同規則別記様式第一)は、合格者を一見して明瞭に認識できるようにその様式を厳格に定め、その人物の本籍、住所、氏名および生年月日の記載を必要とするほか、その人物の写真の貼付をも必要要件としているのである。ところで、前示認定のように、免許証貼付の八鍬の写真の眼部を剥ぎとり、何人を撮影したものか不明瞭ならしめたものの、他の記載要項になんらの変更を加えない場合はそれによつて、法定された様式による八鍬なる合格者の特定を害することはあつても、それは単に免許証本来の証明文書としての効用が毀損されるにとどまり、そこになんら新たな効用が生じたものと解する余地はないのである。かように考えれば被告人の前示所為は、これもつて公文書変造の罪を構成するものとなすことはできない。この点に関し、検察官は「道路交通取締法施行令第六十二条には「免許を受けた者は、免許証を滅失し、又は破損したときは、主たる運転地を管轄する公安委員会にその再交付を申請することができる」旨規定され、この規定によれば、再交付を受けるまでの期間は、破損した免許証であつても、その効用を失わないものと解される。従つて免許証が破損してもその再交付を受けるまでの期間内に自動車を運転する者はその破損した免許証を携帯しなければならないものであるから本件のように免許証に貼付された写真の一部を剥ぎとり、これを破損した場合であつても、なお携帯の義務があり、その効用を有するものと解すべきであるから免許証について変造がなされたものというべきである。」と主張する。しかし、右は、運転免許証につきなんらか新たな効用を生ぜしめたことを主張しないのであるから、これをもつて公文書変造罪の成立の根拠とするに由ないのみならず、破損した免許証の携帯が暫定的に許されているからといつて、本件のような免許証の破損により、その本来の効用が少しも毀損されないとはいいえないこと多言を要しないところである。

しかしながら、叙上説示したところから明らかなように、前認定の被告人の所為は刑法第二百五十九条にいわゆる私文書毀棄罪を構成するものというべきである。而して同条の罪はいわゆる親告罪であるが(同法第二百六十四条)、本件において告訴のないことは検察官の釈明並びに一件記録に徴し明らかなところである。そこで、本件公文書変造の点に関し、訴因および罰条の変更をしないで、私文書毀棄の判断を加えることが許されるか否かについて案ずるに、右公文書変造の訴因として掲げられている事実の中に「被告人が八鍬寛義所有の同人名義の運転免許証に貼付された写真の表面上部を剥ぎとつた」との事実が含まれていることは明らかであり、右の事実は被告人および弁護人ともこれを争つていないし、しかも、この事実を私文書毀棄罪として構成しても告訴のない本件の場合、この点において被告人を有罪にすることはできないのであるから、いずれにしても、被告人の防禦に実質的な不利益を与える虞はなく、結局、訴因および罰条の変更をしないで私文書毀棄の判断をなしうるものと解するのが相当である。従つて当裁判所の認定するところに従い、本件公訴事実第三のうち、主文掲記の訴因については、告訴を欠くから、刑事訴訟法第三百三十八条第四号により、判決をもつて公訴を棄却すべきである。

なお本件公訴事実第三のうち、変造公文書行使の訴因は、被告人の前示所為が、公文書変造罪を構成しないものである以上、もとより罪とならないものであるが、すでに公文書変造として掲げられた前記訴因につき主文において公訴棄却の判断を示したから、これと刑法第五十四条第一項後段の科刑上一罪の関係に立つものとして起訴された右変造公文書行使の訴因に対しては、主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 井口牧郎 石丸俊彦 松野嘉貞)

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